弘前大学

リサイクル可能で強靭な高分子材料の構造を放射光により解明 ?微粒子接触面で絡み合うナノレベルの構造に着目?

2024.10.18

プレスリリース内容

本学研究グループ

弘前大学大学院理工学研究科 呉羽 拓真 助教
※呉羽 拓真 助教の紹介ページは こちら(「研究者総覧」の研究者ページへ)

本件のポイント

  • 高分子材料のさらなる安全性?強靭(きょうじん)性の向上が望まれています。
  • 数十から数百ナノメートル程度の目に見えない高分子微粒子を集積させると強靱な高分子フィルムが得られ、特別な化学反応を必要とせずに、溶媒に浸すだけで元の微粒子まで分解することができます。しかも、劣化せず繰り返し使用(リサイクル)することが可能です。
  • 本研究では、非常に明るい光で物質の構造をナノレベル(100万分の1ミリ単位)で解析できる放射光散乱を駆使することで、容易に分解できるにも関わらず、なぜ強靭な高分子フィルムが形成するのかを明らかにしました。
  • 劣化無くリサイクルができ、微粒子から成る強靭な高分子材料の設計指針を確立したことで、身の回りに数多く存在する多様な高分子への適用が期待できます。

概要

弘前大学大学院理工学研究科 呉羽拓真助教らの研究グループは、強靭でありながらリサイクル可能な高分子微粒子材料の構造を評価し、強靭化メカニズムを解明しました。この強靭な微粒子材料は機能性材料として何度も再利用できるため、幅広い用途で使用されている高分子材料への適用が期待される一方、どのように強靭性が形成されるのかはわかっていませんでした。本研究では、放射光X線を微粒子フィルムに照射し、散乱したX線を読み取ることで、微粒子接触面が厚さ数ナノメートル(100万分の1ミリ)単位で絡まり合い、強くて壊れにくいフィルムのナノ構造に重要な役割を果たしていることを解明しました(図1)。   
 
本発見は、リサイクル可能、かつ強靭な高分子材料を作製するために必要な情報を提供し、環境や人体への負荷が少ない機能性材料の開発に貢献します。本成果は、2024年10月18日12時(日本時間)に米国化学会「Langmuir」誌に掲載されます。

図1. 本研究の概要。強靭な微粒子フィルムのナノ構造を解明。

研究の背景

プラスチックなどの高分子材料は、身の回りの製品から車や航空機のほか、医療材料などの様々な工業製品に用いられるようになり、軽量で柔軟な性質を保ちつつ、壊れにくい丈夫な性質が必要になっています。一方で、高分子は環境汚染や資源の枯渇などの社会問題として取り上げられており、品質の高い製品をより長く使うだけでなく、効率的にリサイクルし、再利用することが求められています。

本研究の鍵となる、大きさ数十から数百ナノメートル程度の高分子微粒子は、高分子鎖の球状集合体であり、水中に分散するコロイド(注1)です。一粒一粒は肉眼では見ることができませんが、化粧品や塗料、紙加工などに使用されている身近なナノマテリアルです。この小さな微粒子を含む分散液を乾燥させるだけで、微粒子同士が互いに融着し、微粒子フィルムを形成できることが知られています。そのため、接着剤やコーティングなどの用途において使用されていますが、微粒子フィルム内に存在する微粒子同士の界面(微粒子間の接着面)が破断点となりやすく、材料の脆弱(ぜいじゃく)性が課題でした。

そのようななか、信州大学学術研究院(繊維学系)の鈴木大介准教授(現 岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域 教授)らのグループは、工業的に多く使用される高分子材料の原料であるアクリレート系モノマーのメチルアクリレートから成る合成高分子微粒子から強靭な微粒子フィルムを得ることに成功しました(注2)。溶媒を乾燥させるだけで得られる微粒子フィルムは、同化学種から成る均一なフィルムや、ゴム手袋などで知られる粒子界面を補強した天然ゴム材料に匹敵する強度を示しました。さらに、その強靭な微粒子フィルムは、溶媒に浸すだけで単一微粒子まで分解可能です。分解後の微粒子は、フィルムを形成させる前の状態の高分子微粒子分散液に戻すことができ、再利用後のフィルムの強靭性は元のフィルムに遜色なく、リサイクルできることがわかりました。しかし、容易に分解できるにも関わらず、なぜ丈夫で高強度なフィルムができるのかはわかっておらず、微粒子フィルムの構造を詳細に評価し、強靭性の起源を明らかにする必要がありました。

発表内容

本研究では、微粒子フィルム内に存在する微粒子同士の界面(微粒子間の接着面)が強靭性を解明するうえで重要な要素ではないかと考え、非常に明るい光を物質に照射し、散乱してくる光から物質の構造を解析できる放射光X線散乱法を微粒子フィルムに適用しました(注3)。測定対象は、メチルアクリレートから成る高分子微粒子フィルムで、粒子内部の高分子鎖を橋かけ(架橋)し、架橋の度合を段階的に変えることで高分子鎖の動きを制御しました。架橋が多く施された微粒子フィルムは、微粒子同士の接触面で高分子の鎖が絡まり合いにくいため、すぐに破断し、脆くなります。一方で、架橋度合いが少ない微粒子フィルムは、高強度かつ壊れにくいことがわかりました。放射光散乱による解析により、この強靭な微粒子フィルムは水溶媒乾燥時に微粒子同士が強く融着し、数ナノメートルの深さで高分子の鎖が絡まり合っていることがわかりました。さらに、高速原子間力顕微鏡法(注4)や分子動力学シミュレーション(注5)などの最新の評価技術を駆使し、フィルム内の微粒子の変形性や運動のしやすさが架橋度で変化していることがわかりました。また、微粒子フィルムを伸ばした状態で、放射光を照射するその場測定も行い、微粒子が変形する様子を観測することで材料が破断するまでのナノ構造を解析することにも成功しました(図2)。微粒子接触面で高分子鎖が深く絡まり合っていることで材料がよく伸び、高い強度を示すことがわかり、数ナノメートルレベルの構造の重要性を明らかにしました。

図2. 放射光施設にて伸ばした微粒子フィルムの構造評価の様子(左)。
フィルムから散乱した放射光X線強度のパターンが伸長前は等方的な円状であるが(右上)、伸長後に異方的に変形し、微粒子の構造変化を観測(右下)。

論文情報

雑誌名:Langmuir
題名:Nanoscale Structures of Tough Microparticle-based Films investigated by Synchrotron X-ray Scattering and All Atom Molecular Dynamics Simulation
著者名:Keita Namba, Yuma Sasaki, Yuto Kawamura, Shotaro Yoshida, Yoshiki Hieda, Kazushi Fujimoto, Natsuki Watanabe, Yuichiro Nishizawa, Takayuki Uchihashi, Daisuke Suzuki,* Takuma Kureha*
DOI:10.1021/acs.langmuir.4c02361

用語解説

  • (注1)コロイド:高分子微粒子などの微小な物質が液体や固体、気体に分散している材料の総称。ここで用いているコロイドは微粒子が水に分散した水系コロイドを意図する。
  • (注2)参考文献:Green Chemistry 2024 DOI: https://doi.org/10.1039/d3gc00090g
  • (注3)放射光X線散乱法:高分子材料にX線を入射することで得られる散乱プロファイルから材料のナノ構造の情報が得られる評価方法。高エネルギー加速器研究機構のPhoton FactoryやSPring-8が所有する大型放射光施設で実験可能となる。
  • (注4)高速原子間力顕微鏡法:非侵襲で高い空間時間分解能(~1 nm、~50 ms/フレーム)を有する原子間力顕微鏡。表面の凹凸が数十nm程度まで潰れた微粒子フィルムの表面や断面のナノ構造評価が可能となる。
  • (注5)分子動力学シミュレーション:経験的なポテンシャル(力場)の下に、古典力学におけるニュートン方程式を数値解析により解く手法。高分子微粒子の時間発展を得て、高分子の動的過程(ダイナミクス)を解析することが可能となる。

プレスリリース

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弘前大学大学院理工学研究科 助教 呉羽 拓真
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Tel:0172-39-3510
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